東京文化会館  バースデーコンサート

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東京文化会館 バースデーコンサート

 久しぶりにクラシックでも聴くか。

 東京文化会館は、オペラやバレエも出来る本格的な音楽ホールだ、

 開都500年記念事業の一環として60年前に開館した。

その誕生記念4月にバースデーコンサートをするという。

 奥様のお供で切符を購入して出かけた。

 上野動物園の入り口にある文化会館。

 駅を降りて公園前の出口を出ると、数年前とは景色が一変していた。

 前は駅の前は道路になっており、いつも渋滞した車で大変であったがその道路はなくなっていた、

 ロータリーになり、バスの停留場もある。

 こぎれいに変身して、きれいな光景になったいる。

 そういえば、ここに何年前に来たのかな。

 とりあえず駅の前が整理され、すぐに会館や動物園に行くことが出来るのは良いことだ。

 コンサートは1900時より始まる。

 1時間前には、入場できた。

 クラシックを聴きに来るお客様は。矢沢永吉や、ツヨシのコンサートとは少し異なる。

 着物姿のご婦人やきれいに着飾ったご婦人が多い。

 今回のコンサートの指揮者は佐渡裕、なんでもコンサートの翌日が60歳の誕生日で今日は還暦祝いの公演で,指揮台に立つ。

 7時になると何の話もなくすぐに、コンサートが始まる。

 東京都交響楽団が演奏を始めた。

 バイオリン、ビオラ、チエロ、フルート。ホルン、クラリネットコントラバストロンボーンその他多数の楽器の音が会館を包む。

 聴衆は熱心に聞き入っている。

 俺は、退屈でしょうがない。

 楽器を演奏する人の動きを観察していた、

 打楽器の人が一番楽そうだ。」

 ジャーンと大きな音を出す、シンバルの人は、2回立ち上がって、音を出して終わりだった、

 曲と曲の間に静寂がある。

 何秒か青はしない、シーン会場の聴衆も咳払い一つしない。

 すごいな、終わった後は、すごい拍手、鳴りやまない。

 指揮者の佐渡さんは何回も式場を出たり入ったり。

 クラシックを良く理解できない俺にも、音楽の良さ、すばらしさの感動を覚えた。

 曲目は、ワグナー交響曲第9番新世界より

 パンパカパーン

 ドボルザーク交響曲第9番ホ短調新世界より

 パンパラパーバーパンパカパーン

 トッチャン、トッチャン

 クラシックを理解できない、俺の感想だ

現役時代の弁当

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 現役時代の食事

 最近我が家では平和な日が続いている。

 平和の日とは、俺が奥様と喧嘩もせずに、過ごせる日を意味する。

 又、俺の健康もまあまあな日を意味する。毎年、春になると決まって、鼻水が出る風邪には今年はならなかった。

 コロナの影響でマスクをして、こまめに手ありをするからだろう。

 毎年、季節の変わり目に出る、涙が出るほど痛い痛風も出ない。

 元気が枯れてきたのか。

 という訳で平和な日である。

 平和な日が続くと頭の方がボケてくる。

 今日は4月何日だっけ、何曜日だっけ、

 脳みその働きは微妙だ。

 そんなボケ頭でも、つまらない昔のことを

 思い出す。

 今回はブログに現在の俺の朝飯や昼飯のことを書いたせいか、現役時代の弁当のことを思い出した。

 当時は、朝出発時間の時間帯でも弁当が出たものだ。

 早めに出勤して朝飯の弁当を食べたかな、

 定かでない。

 昼飯の弁当は、はっきり思い出す。

 12時から13時に飛行している勤務の時は、必ず弁当があった、

 12時50分で仕事が終わる時には弁当がない。

 腹減ったといっても、自分で調達しなければいけなかった。

 弁当を、飛行中仕事をしながら食べれるのは、条件による。

 悪天候の中では、弁当を食べる暇がない。 

 安全運航、安全運航。

 揺れもひどい時などは、食べている弁当が吹っ飛んでしまう。

 飯も食わずに仕事しろ。

 それでも穏やかな気流で、輝く太陽の光を浴びて飛行中下界の景色を見ながら、空中で食べる弁当の味は最高だったな。

 当時の乗員組合の力は、現在よりも、強かった。

 毎日同じ弁当は飽きる。別な弁当を食べたい。

 労務交渉で、ダダをこねる、

 会社の、労務担当のえらいさんは、地上勤務の我々は弁当などありませんと答える。それはそうだが、空中には食堂はありませんと組合員。

 会社はしぶしぶ妥協して、秋田の、わっぱ飯、北海道帯広の北海弁当、女満別のホタテ弁当を手配してくれたものだ、

 その弁当を食べたいと思い、秋田空港行きや、帯広空港行の勤務を希望した乗員もいる。

 北海道の大きな鮭が弁当の上にデンと乗っている弁当を、思い出す。

 食い意地の張っている僕ちゃん、

 今日、デパートで北海道名物の売り出しのチラシが今朝の新聞に入っていた。

 買い物に行きましょう、奥様、

鶯の声

 鶯の声

 朝目が覚めて、寝室の窓を開ける。

 空気の入れ替えをするためだ。

 寝ぼけ眼で外の景色を見ていたら、鶯の声が聞こえた。

 ホーホケキョ ホケキョキョ、ケチョケチョ

 我が家にも春告げ鳥の鶯がやってきたのだ。 

 我が家の小さな庭の前は、お隣さんの大きな庭、

 そこには沢山の木と藪がある。

 その中に住むために鶯は、山からやってきたに違いない。

 毎年、桜の咲く季節には、この鶯の声を聴くことが出来る。

 あと何年この声を聴くことが出来るのかな、

 と考えると、その声はいとおしく感じる。

 ホーは吸う息、ホケキョは吐く息。 

 剣道に似ているな。

 ヤーメン 違うか、剣道は吐く息のみの発声なのだ。

 1日に鶯は千回も鳴くらしい。

 誰が数えたのかな。

 暇な人もいるものだ。

 また鳴いた、 これで3回か。

 ケキョケキョ メスにオスは警戒警報出す。

 猫が近づいたぞ。

 ドラ猫が鶯の声の近くで、鶯を狙っているのが見えた。

 我が家の梅の木も新緑に変わった。

 梅の花が咲いていたころには、メジロがよく梅の木にやってきたが、鶯はメジロにそっくりだ。

 ホーホケキョと鳴くオスの鶯さん、メスの奥さんと仲良く暮らせよ。

 余計な心配をした。

 そういえば、我が家の周りには、最近ツバメがいなくなった。

 4月になると南のから、やった来るツバメ。

 都会には、住めなくなったのか。

 田舎の軒先にツバメが巣を作り、5月にはツバメの巣の中には、ピーピー鳴く、燕の子供の光景を思い出す。

 メジロ、ひな鳥、鶯、燕。

 小鳥たちは春が来たぞと、活躍しだす。

 人間も今年も春が来たぞと頑張る季節だ。

 鶯の声につられて、頑張るか。

 剣道の竹刀でも握る気分になった。

 それにしても、腹も減ったな。

 朝飯を食べるのが優先事項なり。

 

 

定年後の朝飯

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 定年後の朝飯

 朝6時には目が覚める。

 新聞を読んで8時には腹が減る。

 朝飯だ。

 我が家は、まだ奥さんが健在だ。

 奥様が家にいる時には、3食作ってくれるから、俺は幸せなのだ。

 料理教室での友人によると、友人は奥様と交代で料理を作るという。

 俺が、我が家は奥様が三食作ってくれるいうと、友人はうらやましいなという。

 友人は、貴方は、幸せ者だよと、言ってくれた。

 だって俺は、料理がへたくそだもの、貴方のようには、料理は出来ません。

 友人は料理の先生よりも料理が上手い。

 しかし、3食奥様が作ってくれる俺は、彼よりも幸せなのだ。

 実際、俺が料理教室で習ったことを、家で、自分自身で料理して、自分が食べても、そんなに美味しくない。

 料理のセンスのない俺。

 さて、今日の朝飯のメニュウは、なんだったかな。

 昨日、夕方に奥様と一緒にスーパーに行ったので、朝食にしては豪華メニュウだ。

 アサリの味噌汁。 このみそ汁は、2日酔いには、おいしく感じる。

 鮭の切り身の焼き物。

 我が家はいつも、魚が出る。

 鮭でない日は、アジの干物、イワシの干物めざし、その他。

 納豆、これは365日出る。

 かき混ぜるのは俺の仕事。

 野菜サラダ、トマト、キュウリ、レタス、 ブロッコリー、キャベツ、のサラダを大盛の皿に。

 野菜は肝臓に良い。

 明太子、ノリの佃煮、その他昨日の夕食の残り物。

 ゆで卵、卵焼き。

 結構豪華だ。

 いつも行く、安いホテルの朝食のメニュウよりも良いかもしれない。

 そんな、朝食を食べた。

 奥様が胃の調子が悪い時は、パン食。

 スープにサラダ、ベーコンと卵、コーヒーか。

 田舎育ちの俺には、パン食は、物足りない。

 食パンを4枚に蜂蜜、ジャム、バターを付けて食べても、満足感はない。

 奥様には、絶対文句は言わない。

 美味しくパン食を時には、味わっている。

 そんな朝飯を8時には、いただいている。

 そして、昼が来る、

 11時30分を過ぎると、腹が減る。

 奥様の作業の状況を見ながら声をかける。

 恐る恐る、

 もう昼時だな、

 あらそう、奥様は昼めしの用意をしてくれる。

 俺は、幸せ者なのだ。

今日の昼ご飯

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今日の昼飯

 11時30分を過ぎると、自然に腹が減る。

 腹減ったー

 昼ご飯を奥様に期待する。

 昨日は、夕方に奥様と一緒に買い物に行った。

 その際に我が家の奥様は、半額になった弁当を購入した。

 スーパーでは、夕方5時を過ぎると、昼からの残った弁当や、おかずに店員さんが値引きの赤い札を張り付ける。

 50円引き、100円引き、半額引きの札を付ける店員さん。

 その店員さんの後をつける、ベテラン主婦。

 半額引きの札を店員さんが付けたその時を逃さず、我が奥様は美味しい弁当を2個ゲット。

 ヤッター

 その弁当が今日の昼飯だ。

 レンジでチンして、さあ召し上がれ。

 いただきます。

 弁当がない時は、奥様はいつも昼飯を用意してくれる。

 ありがたい話だ。

 友人は、昼飯は自分で作るというのに。

 まずは、肉と玉ねぎを炒めて、ご飯に乗せる、すき焼き丼、鶏肉と長ネギの卵丼、豚丼、マグロ丼、昨夜の残りの刺身を醤油に漬けた漬け丼、ノリを掛けた海苔丼、その他すぐできる丼物が多い、

 スパゲテイ、ラーメン、うどん、その他。

 焼き飯も時々ある。

 チンカレーもある、レンジでチンしてさあどうぞ。

 満足、満足の昼ご飯である。

 家内は週に1度は趣味の会で外出する。

 当然、昼時にはいない。

 家内は、自分が弁当を必要とする時は、俺のヒルの弁当も作ってくれる。

 なんてやさしいのだろうと、その時は感じる。

 その時だけだけれど。

 その愛妻弁当は年に1-2回か。

 その他の日は、俺自身で昼飯を作る。

 面倒くさい時は、カップラーメンか。

 インスタントラーメンには、料理教室で習った技術を導入する。

 玉ねぎや、冷蔵庫にある野菜をたっぷり入れる。

 ウインナーやハムも刻んで入れる。

 最後は卵を入れて、野菜たっぷり札幌ラーメン。 美味しい。

 時にはチャーハンも作る。

 玉ねぎをみじん切りにして、肉を少々サラダ油でいためて、つゆの素、みりん、お酒大匙いっぱい。

 お酒は多めに大匙3杯。

 料理用お酒を試飲、お酒は多めに入れた方が、うまくなる。

 この間は、ご飯の振りかけかけを入れたら美味しかった。

 俺の満足する昼飯だ。

横浜 近くの公園

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 横浜 近くの公園

 俺の家族が横浜に住みだしたのは、昭和48年からだ、。

 田舎に暮らしていたころは、あこがれた花の東京のすぐ隣の横浜。

 どんな、ところだろう。

 期待を膨らまして、やってきた横浜。

 子供は、長男が小学校1年生、次男が幼稚園児。

 会社が用意してくれた住宅は2DK.

 狭いが家族4人暮らすには、最適な横浜駅近くの自称、マンション。

 その前は鹿児島の田舎に住んでいたので、横浜の街は素晴らしいと感じた。

 まだ、みなとみらいの、ランドマークタワーも出来ておらず、高島町(みなとみらいの手前)の海岸は、絶好の魚の釣り場。

 息子2人を連れて、良く釣りに出かけて、沢山の魚を釣ったものだ。

 当時の俺の趣味は釣りきちだった。

 現在の横浜駅の近くの土地は、俺の給料でも買えそうな値段で売りだされ、今思えば、借金をして買っていれば、――なんて思う。

 横浜駅の現在の天理ビルのあたりは、丸太を加工する、材木屋さんがいっぱいあった。

 材木屋のオヤジと友達になり、俺が家を新築する時に、高価な、床柱を無料でもらったことを思い出す。

 現在は、材木屋さんのお店はない。

 そんなこんなの珍しい横浜の風景であった。

 一番、俺が感動したのは、俺たちの家の周りには、沢山の公園があることだった。

 それなりの公園が各、町内には1個あった。

 我が家からすぐに歩いて行ける公園が3個も4個もある。

 子供たちを連れて、よく遊びに行った。

 公園には、遊び道具がいっぱいあった。

 ブランコ、シソー。滑り台、ジャングルジム。砂場。鉄棒、その他。

 子供達は喜んで遊んでいた、

 そんな小さな公園以外にも、すぐ近くに三ッ沢公園、保土ヶ谷公園がある。

 その大きな公園には、サッカー場、野球場、ラグビー場、プール、陸上競技場などがある。

 俺の日課は幼い子供を連れて我が家から、三ッ沢公園、周辺をジョギングすることだった。

 当時、太りすぎで、航空身体検査で、血圧や体重でひっかかった経験があるからだ、

 航空身体検査には、当時は体重制限まであった時である。

 パイロットの人権はない。

 俺は、生活のためどうしてもこの航空身体検査を合格しなければ仕事が出来ない。

 ジョキングはあまり好きでは、なかったが、血圧降下のために毎日頑張ったものだ。

 そういえば、息子たちもジョキングがあまり好きではなかったらしい。

 俺のオヤジの権限で無理やり一緒に走らせられたと、息子たちは、現在も言う。

 文句あるか、黙ってついてこい、当時の俺は強かった、

 現在は、ヘロヘロ、頑張れた昔を思い出せ。

 公園を見ると、若返る。

暖機運転

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暖機運転

 新コロナの緊急事態宣言で、久しく剣道の稽古を中止していたが、3月よりぼちぼちと始めることになった。

 それで、剣道稽古をやる日に、暖機運転で行なって下さいと、話しても子供たちはピンとこない。

 そうか現在は車も暖機運転をしない時代か。

 40年前までは車は必ず暖機運転をしたものだ。

 特に気温の低い日(冬場)は暖機運転をしないと、出社するときに車を始動しようと思っても、なかなか始動しない。

 車で出勤するのを諦めて、別な手段で会社に行ったこともある。

 そういえば、チョーク(燃料の量を調整する装置)があったな。

 俺のポンコツ車は,始動前に3回アクセルを踏んで始動すると、すぐにエンジンが、かかった、

 そんなこんなで寒い日は、出勤する30分前に車に行きエンジンをかけて、アイドリング運転を行ったものだ。

 アイドリングで暖機運転をすると、エンジンオイルが車の隅々まで行き渡り、すぐにスピードも出せたし、車も長持ちした。

 現在の車は、進歩して暖機運転を必要としない、

 エンジンオイルの質も向上して、コンピューターがエンジンの回転を制御してくれる。

 ハイブレット車などは、電気とガソリンのエンジンがあるので、寒い日も問題ない。

 便利な世の中になったものだ。

暖機運転と言えば、YS-11までの時代は。必ず朝の点検で整備員が早朝に出勤して、暖機運転をしていた。

 飛行場の格納庫の前をエプロンというが。そこに並んでいる、飛行機が全機暖機運転する、騒音もひどかったが、飛行機の雄大さも感じたものだ。

 整備員が暖機して整備した飛行機に乗り込み、仕事を始める時の緊張感を思い出す。

 特に訓練生の時代、暖機運転の飛行機の前で、教官から、今日の訓練のブリフーングを受けたことを思い出す。

 馬鹿野郎、お前は、そんなことを、まだ覚えていないのか、

 ゴツン  拳固を食らう。

 楽しかった俺の青春も同時に思い出す。

 剣道も長い期間行っていないので急に激しい稽古をすると、人間が故障する。

 足を痛めたり、手を痛めたり、やる気をなくしたり、どうでも、よくなったり大変だ。

 徐々に徐々に、

 アイドリング運転で体を慣らさないと、剣道稽古は、長続きはしません。

 暖機運転で、頑張りましょう、