昭和時代の梯子酒

                                 紅葉

昭和時代の梯子酒

 最近高年齢のためか、毎日飲むお酒の量が減少した、

 缶ビール1本と焼酎のお湯割り2杯だけか、3杯目の焼酎のお湯割りは、家内の目を盗み、飲むのだ。

 若く元気であった、現役時代を思い出す。

 生ビール、3杯、お酒2合、ワイン3杯

その他すう杯、

 二日酔いもせず、翌日の勤務をこなしたものだ。

 楽しかったのは、仕事帰りの仲間との飲酒だ。

 上司の悪口、花盛り、世の中の動きに対する、論戦、仕事の話、

 わいわいがやがや、

 大声で話しながら、盛り上がったな。

 カラオケはまだなかったが、知ってる流行歌を、皆で歌って、手拍子や、踊りだす奴もいたな。

 課長や部長と一緒の時は、飲み放題、

 課長や部長は、交際費で支払っていた、

 現在は、交際費などはあるのかな、

 時たま居酒屋で、現在も飲むが、サラリーマンの集団が、帰る時は、ワリカン。

 幹事が一人、ずつ、お金を集めている風景が、見られる。

 昭和の時代は、太っ腹な人が多かった、

 ここの勘定は俺に任せろ、

 見栄を張る人物が多かった。

 俺も真似をして、お金もろくにないのに。この、見栄を張ったこともある。

 結果、家に帰り、奥様と喧嘩になる。

 あんた、給料いくらもらっているの。

 子供がいるのよ、いい加減にしなさい、

 怒られた、

 懲りずに、又同じことをする、馬鹿亭主だった俺、

 現在は、反省しています。

 奥様お許しを、

 又、昭和の時代はツケの制度があった、

 4、5回飲みに行き、顔見知りになると。ツケが効いた、

 オヤジ この次に払うからな。

 おおきに、またどうぞ。

 俺は、律義に給料日には、支払いに行った。

 そして、いつものように、飲んだクレ、になるので、翌月には、さらに多くの飲み代を支払うようになる、

 又、奥さんと喧嘩になったな、

 俺の様に律儀に毎月、支払う人間は、飲み屋に取っては、最高な人間。

 中には給料日になっても、支払わない人間もいる。困ったオヤジが給料日には、会社の前で、待ったいた、 おやじから支払わずに逃げて別の門から、逃げて家に帰る奴もいた。

 居酒屋のお店もツケ倒れで、潰れた店もあった、

 当店ではツケはお断りしますの看板が出た

 良き時代だった、昭和。